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広告を作らない広告クリエイターの登場と、広告の未来を拡張するクリエイティブ・イノベーションの視点

広告の未来は『マイノリティ・リポート』のディストピアを回避できるか?

 映画『マイノリティ・リポート』を覚えているでしょうか?スティーブン・スピルバーグが監督して2002年に公開された懐かしいSF映画なので、観たことがない方もいるかもしれません。この映画は犯罪予知システムと監視社会というディストピアを舞台としているのですが、トム・クルーズ演じる主人公が逃亡するシーンでは、どこにいても網膜スキャナーなどで身元が特定され、街中のあらゆるところでパーソナライズド広告に呼びかけられる様子が描かれます。

▲映画『マイノリティ・リポート』では、監視社会における広告の未来を予見するようなシーンも描かれる。出典:YouTube

 これ、ちょっと怖くないですか?どこにいても身元が特定されて、個人向けの広告が追いかけてくる。もし広告の未来がこんな世界だったら嫌だなあ、と感じる方も多いと思います。一方で、スマホやPCなどのスクリーンの中では、パーソナライズドされたバナー広告に追いかけられた経験がある人が大半だと思います。ちょっと極端ですが、このようなディストピア的な広告の未来は、できれば回避したいものです。

 もちろん適度にパーソナライズドされた広告は便利な側面もあります。たとえば応援したいクラウドファンディングのプロジェクトを閲覧したまま忘れていて、リターゲティングバナーでまさにそのプロジェクトが表示されて思い出し、〆切ギリギリで支援するみたいな経験が自分にもあったりします。そういうときは「バナー広告よ、追いかけてくれてありがとう!」と都合よく思ったりもします笑。追いかけて欲しくないけど、追いかけてほしい。その絶妙のバランスの中に、広告の未来はあるのかもしれません。

ちなみに筆者(ADK/SCHEMA小塚といいます)は、クリエイティブ・テクノロジストという肩書きで広告クリエイティブに携わっており、たとえばAIを搭載した未来のIoTスマート盆栽を開発・デザインするプロジェクト、遠隔操作できる分身ロボットを通じて障害者が遠隔地から接客できるカフェをつくるプロジェクト、ブラックホール理論から導かれる数千年後の未来を空想した”人工ブラックホールを搭載した大容量情報ストレージデバイス”のプロトタイプ開発などの仕事をしています。ADKの中でクリエイティブ・イノベーションを掲げるチームに所属しており、チーム内でも広告の未来について考える機会が結構あったりします。今日はそんな視点から、広告の未来について少し考えてみたいと思います。テーマは、『マイノリティ・リポート』で描かれるディストピア的な広告の未来ではなく、別の未来を目指すためのクリエイティブ・イノベーションの視点です。

ネットの情報爆発によって、広告メッセージが埋もれやすい時代へ。

 広告の未来は、どこに向かうのだろう?そんな話題がよく聞かれます。広告が従来よりも効かなくなったという話題になったり、若者の約半数はテレビを見ていないという調査データが発表されたり。一方でTwitterのトレンドを眺めていると大半はテレビ関連のキーワードだったりして、テレビの情報も案外伝わっているんじゃないかと感じたりもします。東京2020オリンピックの開会式の際には #ドラクエ #ドローン #ピクトグラム などの関連キーワードがTwitterの世界トレンドを独占したのは、記憶に新しいところです。


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▲デジタルの情報流通量が倍増して広告メッセージが埋もれてしまう状況が「広告が伝わりにくくなった」と感じる原因のひとつ。出典:総務省「令和2年版 情報通信白書」

 広告が従来より効かなくなったと言われる背景には、ネットの情報爆発とSNSの普及があります。PCやスマホでネットに常時アクセスできる現代ではユーザーが接触する情報量が圧倒的に増えたため、企業やブランドが一方的に発信する広告メッセージは大量の情報に埋もれて、広告効果を発揮しにくくなりつつあります。またSNSが普及してユーザーひとり一人が自分の体験をストーリーとして発信できるようになり、情報の氾濫に拍車がかかった結果、どの情報が事実でどれが虚構なのか見えにくくなりフェイクニュースが氾濫する時代にもなりました。そして、企業やブランドが発信するメッセージも、SNSの多様なコンテキストで解釈や誤読をされることで、思わぬ炎上を招いたり真偽不明の風評が流れやすい状態が発生しています。

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▲流通するコンテンツ量が増えるとともに、都市部の街中にはスクリーンが溢れかえり、映画『ブレードランナー』のような情報過多な都市が出現した。出典:Getty Images/YouTube

 ネットの情報爆発に埋もれて、広告は徐々に伝わりにくくなってきました。またそれに伴って流通するコンテンツ量が増えたことで、街中にもスクリーンが溢れかえり、映画『ブレードランナー』で描かれたような情報過多な都市が出現しました。その結果この10年くらいで、見てもらうための目立つ広告の手法としてバイラル動画やブランデッドコンテンツが流行ったり、企業や製品が社会の中で持つ役割を正しい文脈で発信するために戦略PRやパーパスドリブンの視点が登場したりもしました。これらの根底には、伝わるクリエイティブ開発をしたり、社会の中でのブランドの意義をきちんと発信するという、広告クリエイティブの本質が横たわっています。しかし本質を見失って、埋もれないための「目立つ広告」をつくることが目的化してしまったり、見かけ倒しのソーシャルグッドなプロジェクトの内実が露見してしまう事例なども見受けられるようになりました。

広告を「伝える」だけでなく、SNS時代に「伝わる」状況をつくる視点も必要。

 『マイノリティ・リポート』に登場する先鋭化したパーソナライズド広告も、ネットの情報爆発に埋もれないための対抗策の成れの果ての未来、と言えるかもしれません。情報爆発に埋もれて広告が伝わらなくなってきたので、ネットの閲覧情報から匿名で個人の趣味趣向をトラッキングして最適な広告メッセージを届けるアドテクノロジーが、この10年ほどで大幅に進化しました。しかしそこにはプライバシーなどの問題も発生してきます。どこまでパーソナライズドされた広告が許容されるのかという問題はこの5年くらいで数多く議論されており、米大統領選を機にFacebook広告やユーザーのプライバシーの扱いが議論になったり、EUではGDPRという法律ができたりもしています。

▲Facebookのプライバシー問題で、マーク・ザッカーバーグ氏は米国議会の公聴会に出席して証言を行った。出典:Twitter

 大量の情報に埋もれずに、企業やブランドのメッセージを伝えるには、どんな方法があるのか?単発的に目立つ広告や、個人の趣味趣向を極度にトラッキングする広告だけでなく、どのようにきちんと本質的なメッセージを「伝える」のかという議論が、広告の未来のためには一番重要な視点と言っていいでしょう。

 しかし、広告の未来を考えるにあたり、大量の情報に埋もれない本質的な広告クリエイティブでターゲットにメッセージを「伝える」べきだ、という方向性の議論だけでは物足りない気もします。そもそもSNSが発展したこの時代に、そんなに一生懸命に「伝える」必要があるのでしょうか。企業やブランドがきちんとした振る舞い(ブランド・ビヘイビア)を体現していれば、こちらから一生懸命伝えずともユーザーが勝手に発見してSNSで拡散して、その結果として届けたいブランドメッセージが伝わる、そんな流れも存在するのではないかと思います。デジタル空間に情報が溢れている現在、広告の「伝え方」だけでなく、SNS時代に自然と「伝わる」広告についても考える必要があるのかもしれません。

 ちなみに『マイノリティ・リポート』の劇中には、2054年の未来を走るトヨタ「レクサス」が登場します。これはプロダクト・プレイスメントとしては先進的な事例であり、トヨタの先進的ビジョンの一端が自然と伝わる広告だったとも言えます。この事例から20年近くたった現在、トヨタの先進的なビジョンはどのように世間に「伝わる」状況に進化しているのかという視点から、2年前のCESの話から掘り下げていこうと思います。

「行動するブランド」の見本市だったCES 2020の衝撃

 コロナ禍の前に話が遡りますが、2020年のCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)は衝撃的でした。トヨタが未来都市「Woven City」を発表したのです。このプロジェクトは、ロボット・AI・自動運転・MaaS・パーソナルモビリティ・などを生活環境に取り入れられる実験都市を構築することを目指しているそうです。この発表は、自動車メーカーのトヨタが車ではなく未来都市をつくるという点で、世界に衝撃を与えました。

▲トヨタ自動車はCES 2020でコネクテッド・シティ「Woven City」をつくるプロジェクトの構想を発表した。出典:Twitter/YouTube

 もうひとつ衝撃的だったのは、ソニーが発表したEVのコンセプトカー「VISION S」の存在です。このコンセプトカーは、ソニーのセンサー技術やAI技術、通信やクラウド技術を搭載した未来のEVのコンセプトを体現しています。しかし、ソニーはこの車を発売する予定はないようです。ソニーの技術が未来のモビリティ社会にどう生かされるのかを検証・実験するために、コンセプトカーをつくってしまったという位置づけです。

 トヨタがスマートシティ構想を発表し、ソニーがコンセプトカーを発表した2020年のCESは、企業ブランディングの文脈においてもある種の転換点を象徴していたように感じます。それは、両社の発表したコンセプトが「行動するブランド」を体現していたからです。ではこの「行動するブランド」というキーワードは、広告の未来とどう関係しているのでしょうか。

「What to Say」から「What to Do」へシフトするブランディングの潮流

 従来のCESであれば、たとえばトヨタはモビリティの未来を表す「コンセプトムービー」を発表したり、たとえばソニーは⾃社製品をPRできる「イベント体験」を提供していたかもしれません。これらは企業が何を「発言」するかという意味で「何を言うか(What to say)」レイヤーのブランディングと言えます。そして恐らく、これらのコンセプトムービーやイベントブースの企画制作は、広告クリエイティブ業界が請け負っていたことでしょう。

 一方2020年のCESでは、トヨタが目指す未来を実現するための「未来型プロジェクト」を発表したり、ソニーのソリューションが何を実現するのかを示す「プロダクトプロトタイプ」を発表しました。これは、ブランドの目指す未来を言葉で発信するだけでなく、その未来を実現するために「行動」しはじめたという意味で「何をするか(What to do)」レイヤーのブランディングと言えます。そしてこれらの未来型プロジェクトやプロダクトプロトタイプは、必ずしも広告クリエイティブ業界だけが請け負う領域ではないことが想像できます。

▲CES2020で発表されたコンセプトカー「VISION-S」で、SONYの描く未来にも注目が集まった。出典:Twitter/YouTube

 この変化は、広告クリエイティブ業界の大きな転換点になるかもしれません。広告とは読んで字のごとく「広く告げる」ことであり「何を言うか」レイヤーの活動です。しかしSNSが浸透した現代では、企業が何を言うかよりも「何をするか」レイヤーの重要性が高まっています。企業が自らの行動を変えずに、耳障りのいい言葉を発信しても、その嘘はすぐに見抜かれてしまうからです。企業やブランドの「言行不一致」は、すぐにSNSで暴かれて消費者にバレてしまう時代なのです。言葉と行動の間にズレがあるブランドが消費者の信頼を得ることは、もはや難しくなってきているのです。

ブランドの「行動」そのものが、ブランディングとなる時代の幕開け

 逆に言葉と行動が言行一致しているブランドは、世間に向けて声高にビジョンを発信せずとも、自社のブランディングが実現できてしまいます。その意味で「行動するブランド」をいかにデザインするかが、今後のブランディングにおいて重要になります。たとえば、人種差別問題への抗議を表明したNFLのコリン・キャパニック氏を起用したナイキの2018年のキャンペーンは、「行動するブランド」を体現したクリエイティブと言えるでしょう。そしてこのような「行動するブランド」は、今後さらに増えていくでしょう。

▲人種差別問題への抗議を表明したNFLのコリン・キャパニック氏を起用したナイキのキャンペーンは大きな話題を呼んだ。出典:Twitter

 この「行動するブランド」が求められる状況は、クリエイティブの現場にも変化をもたらすでしょう。従来のように企業が「何を言うか」レイヤーのクリエイティブ開発だけではなく、今後は「何をするか」レイヤーで企業の行動そのものをデザインするクリエイティブが求められていくと考えられるからです。ブランドのあり方を示す「ブランドビヘイビア」を起点とした統合的なデザインが重要になってきているとも言えます。
 
 いまの時代、企業やブランドはどう行動するべきか。そして、それを実際に行動に移すときにどのような「未来型プロジェクト」をデザインして、どのような「プロダクトプロトタイプ」を開発するのか。その領域までまで広告クリエイティブの裾野が広がっていくでしょう。逆に広告クリエイティブが拡張されていかなければ、他業界のプレイヤーに仕事を奪われてしまう可能性があるかもしれません。広告業界にとってこのトレンドは重要です。

「行動するブランド」が、クリエイティブ・イノベーションを巻き起こす

 では、「行動するブランド」とは具体的にどんなブランドなのでしょうか?どのようなクリエイティブが、行動するブランドと言えるのでしょうか。昨今のトレンドを見ると、行動するブランドに求められる要素として「ミッション」「ブランドパーパス」「社会実装」などのキーワードが浮かび上がってきます。

 昨今流行りのD2Cブランドも、ある種の「行動するブランド」を体現していることが多いです。たとえば2010年創業の米Warby Parkerは「見る権利は全ての人にある」というミッションを掲げて「Buy a pair, Give a pair」(メガネを購入するごとに慈善団体を通じて発展途上国に寄付)というソーシャルグッドなプログラムなどで、ブランド価値の向上を図ってきました。このようなD2Cブランドは、大量の広告出稿をする代わりに、ブランドパーパスに基づいたブランドの行動をデザインして、そのストーリーを発信することでSNSを中心に共感が広がりブランドが成長していくのです。

▲D2CブランドのWarby Parkerは「見る権利は全ての人にある」というミッションを行動に移している。出典:Twitter

 行動するブランドというキーワードは、もちろんD2Cブランドだけのものではありません。たとえば、吉藤オリィ氏が2012年に創業したオリィ研究所は、遠隔地から操作できる分身ロボット「OriHime」「OriHime-D」と、障害者の方が視線操作でこれらを操作できる「OriHime-Eye」などの多種多様なインターフェイスを開発しています。創業者の吉藤オリィ氏が引きこもりだった経験から「孤独の解消」というミッションを掲げて、分身ロボットの社会実装に地道に取り組んでいます。最近の言葉でいうとパーパスドリブンなプロジェクトを実行している、と言ってもいいかもしれません。

 筆者も担当した同社の「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」では、これらの技術を使って障害者の就労支援につなげるための社会実験として、さまざまな障害者の方が遠隔地から接客してくれるカフェを期間限定でオープンしました。このプロジェクトでは「寝たきりの、先へ行く。」というコンセプトを2019年に掲げ、人は誰でも長い人生で寝たきりになって孤独になり得るという視点で、将来寝たきりになり得るすべての人の孤独を解消するための社会実験としてカフェを位置づけています。

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▲遠隔地から操作できる分身ロボットで障害者パイロットが接客を行う「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」出典:オリィ研究所「分身ロボットカフェDAWN ver.β」/YouTube

 このようなミッションに基づくクリエイティブを発信することで、カフェ来店者やパイロットの障害者だけでなく、障害者雇用を検討する企業人から政治家までさまざまな人がSNSで共感や賛同を表明して、多くの支援が集まりました。2019年の時点で大企業のスポンサーがついたり、クラウドファンディングで多額の支援が集まりました。企業がミッションを行動に移すことで、そのメッセージが様々な分野に少しずつ届きはじめたのです。

「What to Do」で共感の輪が広がると「What to Say 」も伝わっていく。

 2019年に期間限定の分身ロボットカフェがオープンした後、さまざまな接点で施策を知ったユーザーが、障害者雇用支援や孤独の解消、コロナ禍におけるコミュニケーションの拡張などの異なる文脈でカフェを解釈してSNSで発信して応援の輪が広がりました。そして、ユーザーの支援によってプロジェクトも進化していき、その結果2年後の2021年6月には期間限定だった分身ロボットカフェが常設店として日本橋にオープンしました。

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▲SNSなどで広がった支援の輪が「分身ロボットカフェDAWN」常設化プロジェクトの実現を後押しした。
出典:オリィ研究所Good Morning「寝たきりでも働ける「分身ロボットカフェ」実験店 常設化プロジェクト!」/YouTube

 オリィ研究所はこの一連のプロジェクトで、積極的な広告出稿は行っていません。「What to Say」レイヤーで企業のブランドビジョンを伝えるための広告を出稿するのではなく、「What to Do」レイヤーでビジョンを行動に移すプロジェクトを実行することで、そのプロジェクト自体がPRやSNSを通じて話題になり、プロジェクトが拡大するというプロセスを辿っています。このときに広告クリエイティブが担う役割は、企業のビジョンがきちんと伝わるようなクリエイティブ開発を行ったり、それがきちんとワークするようにプロジェクトデザインを行うことだったりします。

 行動するブランドをデザインすることで、ブランドビジョンが自然に「伝わる」環境をつくることが、クリエイティブの新たな役割のひとつになってきているのです。また、行動するブランドを社会実装するためにイノベーションの視点をクリエイティブに持ち込むことも重要になります。デジタルやテクノロジーなどを活用したイノベーションの視点を取り込んで「What to Do」レイヤーのプロジェクトを実行に移すことで、行動するブランドづくりをサポートする。このようなアプローチを、未来の広告に繋がる一つの視点=クリエイティブ・イノベーションの視点と言えるかもしれません。

広告のかわりに行動をつくる。「What to Do」視点と「行動するブランド」のデザイン

 企業やブランドの「What to Do」をきちんとデザインすると、SNSなどで共感の輪が広がって自然に「What to Say 」が伝わる状況になる。さてこのとき、広告クリエイターは何を作っているのでしょうか?いままでのように「What to Say」を伝えるための広告メッセージをつくるだけでなく、「What to Do」レイヤーでブランドの行動を作っているとも言えます。広告ではなく行動をつくることで、その行動が広告になるのです。

 もうひとつ事例を紹介します。AIを搭載したIoTスマート盆栽「Bons-AI」プロジェクトです。これは、様々な電子パーツの開発で世界中のモノづくりメーカーを支えるTDKのブランディングの一環として開発されたプロトタイプです。知性を持ったこのスマート盆栽は、日向を求めて自ら散歩し、土が乾燥すると人に水をおねだりします。さらには古今東西の名言データベースから、人の悩みを聞くと会話してくれる機能まで搭載しています。

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▲スマート盆栽「Bons-AI」は、TDKの“未来をひきよせるテクノロジー”を表現したプロトタイプ。出典:ADK CO WORKS「TDK Attracting Tomorrow Project “Bons-AI”」/YouTube

 これは、TDKの「未来をひきよせるテクノロジー」を多くの人にも体感してもらうために開発された電子パーツを組み合わせた実験的なコンセプトモデルです。そしてこの盆栽を撮影したコンセプトムービーをSNSで発信したり、このプロトタイプをCESなどのトレードショーに出展することで、SNSなどで話題が広がったり国内外のメディアに取材されたりしました。TDKの目指す未来像を「What to Say」のCMなどで伝える代わりに、TDKのテクノロジーが実現する未来の可能性をプロトタイプとしてカタチにするというアクション(What to Do)を行ったのです。

 このプロジェクトでは、 かなりのリソースを「Bons-AI」のプロトタイプの開発に割きました。そして「プロトタイプをつくる行動」のプロセスを動画やSNSで発信することでブランディングの体現を目指しました。クライアントの技術者と一緒にアイデアを出して、コンセプトや機能を洗い出し、プロダクトデザインを行い、システム開発のディレクションを行う。広告クリエイターがこれらのプロセスすべてに伴走することで、TDKという企業ブランドの行動をデザインしています。その結果生み出されたプロトタイプが話題になり、結果としてTDKが伝えたい「What to Say」が伝わる環境を作り出すことができたと言えます。

「広告をつくらない広告クリエイター」は、広告の未来を拡張できるのか。

 「The best ads aren’t ads.」という言葉があります。ベストな広告は、広告のカタチをしていないという意味です。最近では、広告クリエイターとクライアント企業が共同でD2Cブランドやサブスク型サービスなどを立ち上げる事例が増えてきました。また、広告クリエイターが越境して、自らブランドを立ち上げる側に回る事例も出てきています。たとえばADK出身のコーラ小林氏はクラフトコーラブランド「伊良コーラ」を立ち上げて、現在のクラフトコーラブームの端緒をつくりました。そしてこのような動きの中心には、20代の若手クリエイターの姿も多く見られます。

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▲広告出身のクリエイターがクラフトコーラブランド「伊良コーラ」を立ち上げるなど、越境して「行動するブランド」を立ち上げる側に回る事例も増えてきた。出典:伊良コーラ/Twitter

 従来の感覚でいうと、彼らは「広告をつくらない広告クリエイター」と言えるかもしれません。ブランドの広告ではなく、ブランドの行動からデザインするクリエイターです。彼らは「What to Say」を伝える広告をつくる前に、まず「What to Do」を行動に移すことにコミットしています。具体的には、企業と一緒にブランドを立ち上げたり、越境して自らがブランド立ち上げに参画することで、ブランド自体をデザインします。そしてその行動を通じて、世の中に価値を提供していき、その行動に共感したファンがSNSを通じて増えていき、結果としてブランディングに繋がります。その中でクライアントと広告クリエイターの境界線も曖昧になり、お互い越境しながら一緒にブランドをデザインしていくチームができあがっていきます。

 2020年代は、デジタル空間に情報が溢れかえり、従来型の広告メッセージがさらに伝わりにくくなっていく時代が訪れます。だからこそ広告の未来は、いろんな方向に拡張される可能性があると思います。情報洪水に埋もれずにきちんと伝わる本質的クリエイティブを追求したり、SNSで伝播しやすいマーケティングを模索したり、アドテクノロジーを駆使してターゲットに情報を届けたり。そしてこれら未来の可能性と並んで、広告をつくる前に「行動するブランド」自体をデザインして作り出してしまう未来も広がっています。SNS時代に強いブランドをつくるためには「What to Say」と「What to Do」が「言行一致」しているブランド作りが必要だからこそ、まず行動するブランドをつくり、そこにメッセージが紐付いていくようなプロジェクトデザインが、多くの人の共感を呼ぶ時代なのかもしれません。

 別の言い方をすると、いままで広告クリエイターは企業の「What to Say」しか扱えなかったのが、「What to Do」まで領域を拡張して扱えるということでもあります。なかなかにおもしろい時代になってきたと思いませんか?いままで扱えなかったブランド開発やサービス開発、プロダクト開発など、どんどん越境して領域を拡張していける時代が幕を開けようとしているのです。そして「What to Do」領域に越境していくことで、世界をより面白く変革していくチャンスが、目の前に広がっているのです。

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▲テクノロジー起点のアイデアは、広告クリエイティブの表現だけでなく、「ブランドの行動」のデザインを行うプロジェクト発展することも多い。出典:ADK CREATIVE MALL「TEAM#08 クリエイティブ・イノベーション」

 これが、広告の未来をおもしろく拡張するための、クリエイティブ・イノベーションの視点です。越境が当たり前の時代には、クライアントや広告クリエイターという区別も関係なくなってくると思います。いま「クリエイティブ・イノベーション」チームでは、スタートアップのブランディング、プロダクトデザイン、未来の都市のデザイン、ファッション(衣服)デザインなど、行動するブランドをつくるために試行錯誤が繰り返されています。これを読んでいる中に同じように試行錯誤している方がいたら、いずれ何かの機会におもしろいプロジェクトを一緒にやりましょう。いますぐ一緒にできる仕事がなくても、また特段に問合せなどせずとも、広告の未来をおもしろく拡張したいと企んでいる人とは、いずれ機が熟したら道が交わるでしょう。未来を一緒に企める仲間と出会えるのを、楽しみにしています。

小塚仁篤 / Yoshihiro KOZUKA
クリエイティブ・ディレクター/クリエイティブ・テクノロジスト
デジタルやテクノロジー分野での経験を武器に、未来志向のクリエイティブ開発を得意とする。SFとクリエイティブを組み合わせて、不確実な未来に向けた指針を導き出す「SFプロトタイピング」なども扱う。
最近の仕事に、障害者の社会参画をテーマにした「分身ロボットカフェDAWN」、ブラックホール理論が導く”役に立たない未来のプロトタイプ"を空想した「Black Hole Recorder」など。D&AD、ACC、メディア芸術祭、ほか受賞歴多数。クリエイター・オブ・ザ・イヤー2020メダリスト。

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